すこし前のことになります。東京での仕事が終わり、大都会を満喫する間もなく神戸に引き返した私には、店舗として使わせていただいたあの部屋106号室の引き渡しという大仕事が待っていました。

いよいよ全ての荷物の荷造り、ドアなど造作物の解体撤去を終えたら、船積み、そして、お世話になった場所の掃除。。ご近所のみなさんとのお別れ。。怒涛の1週間の始まりです。

船積みまでのタイムリミットは3日。その間にはKameli apartmentの代名詞とも言える(でしょうか?)玄関のドアの造作、キッチンなどの取り外しを、いつもお世話になっている現場監督の堺さんにお願いし作業をしてもらいました。

それまで忙しくしていたので、こことももう直ぐお別れだということが、頭の中ではわかっているつもりでも気持ちはまだまだついていってはいなかったのかもしれません。堺さんがひとつひとつ丁寧に解体を始めてくださった瞬間に初めて実感がわき、気持ちがこみ上げてきました。

玄関のドアは、お客様ともよくお話をさせていただくことがありましたね。。。
大正時代に建てられた住宅の縁側と外の間の引き戸だったものを、今は宮大工として活躍されている林さんという大工さんが施工してくださり、あのノブのついた開き戸にしてくださいました。

当初、現場監督の堺さんと設計士の丹生さんと一緒に、一枚ガラスのドア、しかも引き戸で使われていた縁幅の狭いものにノブをつける施工方法について何日もかけて議論していました。しかしあのドアの良さを残したまま使えるようないいアイディアが出ず、結局施工当日に林さんのアイディアで、対のもう一枚の引き戸の端を薄く断ち、ドアにするもう一枚の端に接合して強度を高くしようということになりました。

私は簡単に、それはいいですね!などと言ったものの、実際の現場での施工を目の当たりにすると、素人目で見てもこれは普通のひとにできることではない、ということがすぐにわかりました。上から下方向まで同じ幅で丁寧に切り取られたものからはなんとも言えないヒノキの油のいい香りがしたことを今でも覚えています。

そのときに林さんが、「これは、裏木曽のヒノキですよ」とおっしゃいました。そのとき聞いたお話では、伊勢神宮などの建て替えのときに使われる建材で一般住宅などには使うことができないものであり、いまでは相当に貴重なものなのだということでした。しかも、大正時代に作られたのではないか、とのこと。釘を使わず、木を組んで作っている建具はいまでは作るひともいないそうで、相当に貴重なものだということはお話を聞いていて疑う余地がありませんでした。

そして驚くべきことは、ヒノキの香りがこんなにも強く香るということ。木が生きている!そう思いました。
この建具は大工をしている友人が、奈良のお屋敷解体の際に引き継いだもので、私の手に渡ったときにはかなりのススだらけ、触れば直ぐによごれが手にも衣服にも付着するようなものでした。見た目だけでは、もうすでにこの戸の役目は終わったもののように思われました。しかし磨いていくと、どうもいい色に変わっていくのです。そのとき手伝ってくれていた別の友人の「これは色を塗らずにこのまま使ったら?」という意見に、こんなに汚いのに使えるかな?!と答えたくらい。しかし彼女のアドバイスもあり磨ききり、油分を足したその戸は、なんとも言えない風合いとなったことを覚えています。
本物は、人間の寿命なんかよりもずっと長く生き続けるのだと、大げさのようですが、そんな気持ちになったのでした。

林さんは、この木目と香り、油の出方だけでその素材の生まれた場所までもを判定したのです。そのことには二重の驚きを隠せませんでした。
「なぜわかるのですか?」
「それは見たらわかりますよ。大工をしていても、10年に一度見れるか見れないかのものですが。」

友人たちと、そして価値をしっかりと私たちに教えてくださった大工さんたちのおかげで、図らずもお店の玄関に、一番いい道具が設置され、お客様をお迎えさせていただくことができたのでした。このご縁のつながりには不思議という言葉しか出てきません。

 

そんなことを思い出しながらそのドアの枠組みを解体している堺さんの様子をみていると、なんだか難しそうな顔をしているのです。伺ってみると、その枠もただ単にはめ込んでいるだけではなく、なんと、林さんはその場で「ほぞ」を作り、木を組んで枠を作ってくださっていたと言うのです。

もともとの玄関のドア自体を店仕様に変えるのではなく、空間に一歩入ってからドアをつけたいというのは私のアイディアではありましたが、あの古い戸を日に何度も開け閉めするのには脆弱すぎるのではないかという不安がありましたし、実際にはあの場所は風の通りが良すぎるほど強く、勢い良くドアがしまって大きな音を出すこともありました。それなのにこの5年間一切のガタもこずスムーズに開け閉めすることができたのです。それは他でもない、林さんの職人魂のおかげだったのですね。
堺さんは、「これは、現場で組んだんですよね?」と私に再確認。
「そうです。」
あの日、たった2日間での仕事でしたが、林さんは暗くなってからも時間をかけて作ってくださっていたのを思い出しました。
ひとつひとつ解体されていく「枠だった木材」には、それひとつひとつに、林さんの仕事にかける思いが詰まっていました。

堺さんと私は、ふたりで、林さんの仕事の素晴らしさに息を呑みました。
ひとつひとつの枠が外れるごとに、「おお〜」「おおおーっ」なんていいながら。。(笑)
堺さんは20年以上現場監督をしている方です。素晴らしい職人さんに会う機会も多いはずの方ですが、それでも、この仕事はすごい、と唸っているのです。ふたりで、勉強になりますね、なんていいながら、この場に居合わせた喜びをかみしめていました。

ああ、この場所で、あの日から、どんなにたくさんの方の思いをいただいてきたのだろう。決して一人でやってこれた場所ではなかったな、と改めて感じます。
解体を終えた堺さんは、なんだかとても笑顔でした。

 

荷造りの3日間がおわり、その後、船積みの時には、始めてお会いする引越し業者の方々にも「これはとても大切なドアなんです。」「これは古いものですがとても貴重なものです。」という不安そうな私の小言とも取れる言葉を伝えると、嫌な顔ひとつせず「わかりました。」と丁寧に頑丈に梱包し、トラックの限りあるスペースのなかへまるでパズルのように入れ込んでくれました。その集中力とチームワーク。まさに、ここでも職人技。

最後の最後まで、そんな職人さんたちにまもられながら、ご近所の方々、周りのお店の方々に支えられての作業。引越しの合間に道端で偶然お客様と遭遇できたり、最後のお別れにとお越しいただいたりして、私自身、寂しくも、感謝の気持ちとともに過ごした1週間でした。
こんなにもたくさんのみなさまがこの場所に思いをくださり支えられてきてくださったのだと、改めて、ああ、いい場所だったなぁと心の中でつぶやき、あの場所を後にしました。

Kameli apartmentという「場所」に感謝。
とても幸せな5年間を、あの場所に感謝です。ありがとうございました。