沖縄という場所は独特の風習や文化が今も濃く根付いている土地で、それが大好きな方々もたくさんいらっしゃるかと思いますが、実は私はこれまであまり沖縄の文化に触れることが少なく、沖縄独特の風習や島の行事もこの島にきてから知ることが大半です。
伝統の行事は数々あるものの、積極的に関わることがないとなかなか踊りを覚える機会もありません。私自身が携ったのはこの一年でアンガマくらいだったので踊りも素人同然。この島に生まれ育った人であれば節回しも腰使いも体に染み付いているもので羨ましいほどに音に乗れています。
私も踊りは全般に好きなので去年張り切って参加したのですが、全くもって三線の節回しが分からない。沖縄の音楽はどこの民族音楽よりも難しいのではないかしらと思いながらも、とにかく素人ながらに今年も一生懸命がんばりました。

ところで、黒島で今のような形のアンガマの行列になったのはここ10年くらいなのだそうで、それまではもっともっとラフなものだったのだそうです。
30年ほど前に絶滅していたアンガマを復活させようと若い人たちが寄り集まり始められた当時は、ラジカセを担ぎ、箒を三線代わりにしてなんとなく形を作ってどんちゃん騒ぎの行列をしていたそうなのですが、それでは伝統の継承にはならない、本当のアンガマを残そう、という動きになり、おじいおばあに話を聞き込み、そして今の形になったというお話を村の長老 てっちゃんが教えてくれました。

旧暦のお盆はちょうど満月前後の夜になります。
昔のアンガマ時代、月明かりでは傘をかぶれば顔は見えず、先祖の霊役として誰が行列に参加しているかはほとんどわからなかったのでよかったのですが、今は電灯もあり夜でも明るくなってしまったため(都会から来たら今ではとっても暗く感じるかもしれませんが!)手ぬぐいで顔を隠し、サングラスを身につけるという今のスタイルになったのだとか。

時代が変わっても、思いが変わらずに届いているといいなぁと思います。

 

今年はTさんがチョンダラーという先導役をすることとなったため、普段は控えめのTさんがどんな風に変わるのかしら楽しみにしていました。
チョンダラーは道化師であり、踊り手と各家の方々との間に入って盛り上げつつも振舞われたお酒を踊り手に配ったりと、アンガマの中ではかなり中心的な存在。いろいろ気遣いもしながらと大変そうなのです。
始まる前から酔っ払って酔っ払って、出発前には完全に出来上がった状態で始めるのだそうですが、みんなの前に出てきたTさんはあまりにもチョンダラーになりきっていたのでおかしくなりました。それもそのはず。彼はチョンダラー回数が最も多い、チョンダラーのプロだったのです。

全身白塗りに、裸足。お化けのメイクをした不気味なチョンダラーに、子供達は怖がって泣き叫ぶなか、おとなたちはそれを見ながらみんなが笑ってる。そのうちに楽しい輪のなかに入って泣いていた子供達もすっかり泣き止み、この世のものではないなにかを感じるのかもしれません。

アンガマの行列がおわり公民館に帰ってきました。
疲れ切ったTさん。二日間とも途中からの記憶をなくしつつも、最後の最後まで頑張っていました。