今回の帰省は、織について学ぶ一週間でした。

スウェーデンの大きな機をつかい、たて糸を用意するところから、機の準備、組織図の読み方、そして織りまで。機織り、と聞くと、椅子に座って大きな機を前に がったん ごっとん ・・とイメージするかたも多いかもしれませんが、全体において、織るのはごく一部の仕事。それまでの準備やその後の処理など、工程がたくさんあるのです。手仕事をさらに深く追求していけば、織るための糸を紡ぐ紡糸、糸自体を染める染色、さらにさらに深く追求すれば、それらの原材料である動植物を育てていくところから、、、と、さかのぼろうと思えばどんどん遡ることができ、工程を知ることで、’布’が いかに人を魅了するものであるかということを改めて実感。布を見る目が変わるのではないだろうか?と思うほどに奥深い世界を垣間見る時間となりました。

今回、私が織る計画を立てたものは、キッチンクロス。始めのうちは手を拭いたりしてなじませて、時が経てば食器拭きにしたり、さらに深く馴染んでいけば野菜拭きにも? 最後は台拭きで、美しく使いやすいものになりますように、と思いを込めて織ります。

いろいろなリネンタオルを常日頃から試してはいるのですが使っていくと予測が当たることが多々あります。はじめは、(お!値段の割には案外使いやすいかも?)などと思っても、使っているうちにすぐに臭くなって、色が深く浸みついて取れなくて、となれば寿命はとても短く終わってしまいます。
以前からこのブログでも書かせていただいているように、リネンタオルはその素材によってや、製造、加工工程によっても、出来上がりの見た目では判断しずらくても、良し悪しはその寿命や使い勝手に確実に現れてくるものが殆どです。リネンタオル研究を細々と続けている身としては、良い糸を使って、手織りで作られたキッチンクロスの使い心地はどんなものかを試してみたい。と楽しみです。

ところでこの織の教室。
何が楽しいかというと、教えてくださるのはとにかく知識の深い先生。この先生に学ぶ途中で離島生活に突入してしまったこともあり今回は特別にマンツーマンで合宿をしていただいていたのですが、二人で話しをしていると、お話しは次から次へと広がり、そしてどんどんと深く、織の話から生き方の話にまで壮大な広がっていくのです。スウェーデンにはご友人家族もいて、現地での暮らし方、生き方についての考察をお話ししあえるのも楽しい。織に通っているのか?はたまた人生のお話しをしに通っているのか?と申し訳なくなるくらいによく時間を使わせていただきました。

そして、同じ教室に通われている方々も、なんだか手仕事を愛する人の特有の波長というのでしょうか。できれば簡単、軽い、早いよりも、時間をかけて、手間暇かけて、その工程を楽しむということが生き方を通して現れているように感じて、どの方の話題も興味深いことばかりでどんどんと弾んでいきます。そんな共感の連続は、嬉しいものです。
どんな世界でも「お教室」の雰囲気がちょっと苦手だった私も、そこでは楽しくて楽しくて仕方がない、という気持ちが溢れ、織る前に話し疲れる一週間でした。

 

実は、滞在中、織の合宿と称して、芸術家でありサルデーニャ島研究家の平木奈々子さんのお宅にホームステイをさせていただいていたのですが、教室が終わると脇目もふらずに山の中のアトリエ兼お宅に帰り、制作の様子を見せてもらったり、染めについて聞くことができたり、裂き織りで作るラグのために一緒に夜中まで布を裂いたり、そしてこれからの彼女の活動についてや昼間の織の教室での振り返りを一緒にやってもらったりと、それはそれは濃い時間になりました。
彼女が、ものづくりのそばで暮らしたい。というように、目の前にこれから染められるものや染めたばかりの布がかけられていたり、ひとつひとつにストーリーのある手仕事の道具が所狭しとならんでいます。
黒島ではただの「石」扱いされるサンゴでさえ、彼女の手にかかれば地球が生み出した美しい造形物。

そんな芸術の館で夜を過ごし、日中は織の世界へどっぷり。日中ももちろん、毎夜帰ってからも5〜6時間はしゃべりっきりでしたので、「喋りすぎで喉が枯れてしんどい」という予想外の展開になっていました。
喉は枯れるわ話したいことは海のように押し寄せてくるわ、、、自分自身を客観的に見て、なんでこんなに話が溢れてくるんだろう?と不思議でしょうがなかったのですが、それが一週間、続きました。(しかし途中で一日、しゃべり過ぎのためダウン。友人との予定もキャンセルして、床に伏せる夜もありましたが。。。)きっと近頃、島でひとりの作業をしている間に感じていることが、もう溢れる寸前だったのかもしれませんね。

ということで、織は人生の話題に通じるほどに奥深い世界なのだと。。。無理やり感、あるでしょうか。いろいろな知識と経験を与えていただきながら、いろいろな発想を得た時間となりました。

 

それにしてもこうして織について学んでみると、設計図から糸の量や使う糸を決めていき準備をし、組織図をよみ、ひとつひとつ手を動かしながら思うのは、普段、ラトビアやリトアニアの皆さんにお願いして作っていただいてるものが、改めて、さらに深く、素晴らしい技術と伝統に裏付けされた貴重な手仕事だということでした。
そうしたことを実感したかったというのが動機ではありましたが、しかし実際に手をうごかしてみると、糸が重なっていくことの喜び、気持ちが高揚する瞬間が何度もあったのは自分でも驚くことでした。
手織りリネンの製品を使うときの喜びは、より一層増していく気がしています。
次回は来月にも帰省し、織を学ぶ予定です。

(また、きっと喋りすぎるんだろうな。。。)