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現地コーディネートを引き受けてくださった新城さんと空港でお別れして、私の乗る予定の飛行機までの時間、あと4時間程。目一杯素敵な空間も見れたし、水円さんでは、絵本作家であり編集者、スタジオアコークロー代表でもある かいはたみちさんとの素敵な出会いもありました。

暑い熱い真夏の沖縄。もうあちこち行かずに思い出に浸っているのもいいかなぁと思いながらいたのですが、次に来れるのはいつになるかわからないわ、と 慣れないカーナビをいじっていると、ひめゆりの塔が意外に近いことを発見。うまくいけば1時間くらいは滞在できるかも。いつかいってみたいと思っていた場所でした。

海外でも日本でも、旅先で戦争の資料館に行くのは私にとって大切なことです。いろいろな国に行くようになってから感じる、世界のあちこちに残る戦争の痕跡。知らずにいるままの戦争のこと。日本人として、あまりにも知らない自国の歴史もとても多いのです。

 

かんかん照りからの突然の雷雨。
場の空気。広がる景色。そこから感じとれる何かを必死に感じようとしていました。

そして記念館の最後の部屋にあったことばが、頭から離れません。

「真実をしらないまま」

ということば。一般の市民は、真実をしらないまま戦い、そして真実をしらないままに死んでいくことになったという歴史。

真実をしらないという意味では、今の自分もそのうちの一人かもしれません。

 

「世の中には知っているようで知らないことって、案外沢山あるんですね。」

そんなセリフがでてくる映画も、なぜかそのことば が印象に残っています。「知らないままでいいなんてことは、ないんですよね。」と、映画ではそんなことばが続いたような気がします。

世の中のことすべてを知るなんてことはできないですが、知る必要のあることは知っていきたいし、人に話して伝えることも、今を生きる自分にとっては大切なことだと感じています。
日本では事実を残すということよりも心情を映し出そうとした資料館が多いのかもしれません。私自身被害者や加害者の意識が明確ではありません。しかしどんな資料館を訪れても、そこで得られることは知らなければ通り過ぎていくようなことばかりです。そこから何を学んでいくかが問われるようなきがします。