海の中に潜りたい潜りたい、シュノーケリングしてみたい〜!

この2年間 言い続けていた私。

 

でも、日中に海に行くのは怖くて仕方がありません。

この時期の黒島。炎天下の下で30分もすれば、熱射病(最近ではクーラー病と呼んでいます)でクラックラ。体内に熱をもったままその日1日を無駄にしてしまうので、「よし!今日はここまで!」と気づいたら早めに切り上げる術を身につけ始めているものの、日陰のない海はまだまだ自信はありません。

さらに海に潜ったものならすぐに真っ黒に日焼けしてしまうでしょう。私の肌は一度黒くなったら2年間は室内にいなければ白くならない肌です。(言い過ぎ。)黒島に住み続ける以上、一度日焼けを許してしまえばもうそれは一生黒いままの人生です。(徐々に焼け始めていることをまだ認めてはいません。)

シュノーケリングやダイビングなどのマリンスポーツは、「バディ」といって海に潜る際には2人1組が鉄則だそうで、特にサンゴのリーフに囲まれた海はリーフの外に流されると危険。それもよく承知しています。
T氏は全くノリが悪いし、友人が来る時に一緒に潜ろう!と計画しても、タイミングを逃してしまったり。。。

 

そんなこんなでこの2年間サンゴの海に囲まれておりながらも、広告で目にするような、あの青い海にお魚いっぱいの景色を観れる「シュノーケリング」に憧れ続けてきました。

先日、Kameli apartmentのお客様が八重山の旅の途中に黒島にお立ち寄りくださった時、シュノーケリングが趣味のそのご夫妻は「黒島の海はとても楽しい」とおっしゃって、お二人でヒョヒョイと潜りに行っていたのでした。
そして、ちょっと覗いてみればすぐそこにいるよ!なんて仰るものですから、そうなの?そんな近くにいるものなの?それなら大層なことを考えて億劫になっていたけど、夕方ジョギングの後に海に行く時にゴーグルをつけてみればいいのか!と早速ゴーグルを調達。そしてついに二日前。ランニングのあとにゴーグルをつけて海の中をのぞいてみると。。。

 

わおわおわお!!!!もう、すぐ手の届く場所に、ニモがいるじゃないですか!!!

そうかと思えば目の前に、平べったいシマシマ模様の魚の家族が現れました!
小ぶりなブルーの魚は、熱帯魚コーナーで見たことがあるやつです。その周りにはたくさんのニモの家族も!
手首くらいの太さのお魚も岩陰で目が合うと後ろずさりしたりこちらを警戒しながらも、そこに生きているのですね〜〜〜。両手のひらを広げたサイズのお魚も、ゆーっくりと横切って行きました。

衝撃の世界!

 

いつもは、ジョギングの後にまるでお風呂に入るような気分で、ザッパーン!とぬるま湯の海に体を預け、沈む夕日を見ていた私。
そんな私のすぐ足元にはこんなにたくさんのお魚たちがいて、まるで映画の中で見たような魚たちの生活があっただなんて!!

なんだか、ほんと、人間族の私が目にしている世界はごく一部のちっぽけな景色であって、この地球にはそれぞれの場所で生き物が生きているんだなぁと実感。
なんといいますか、地球を我が物顔で生きていて、すみません、と言いたくなるような。。。汚しているのは人間だけだから。。。と漂流ゴミが散乱された海べを眺めながら思うのでした。日焼け止めクリームで海を汚してしまってほんとごめんなさい。とか、、、なんか、色々と反省です。
感動のすぐ後の、反省。

漂流ゴミについては時々ここでも書かせていただいていますが、それを片付けられない島ならではの複雑な背景や、ゴミの処理施設の問題もあり、拾いたくても拾えない状況に常々後ろめたい気持ちになっていました。しかし、私はこの日決めました。捨てる場所がなくても、放流させないためにはまずは集めるぞ。と。

緊急度の高い 発泡スチロールの断片、魚が間違って食べてしまうと言われるプラスチックのかけら。一日一つでも、そして一つを集め出すと次から次へと手が止まらなくなるのですが、その時々で、拾える分を持ち帰ろう!と。持ち帰って、いつの日か収集してもらえるチャンスが来るまでは、家で保管しよう。と。
魚があんなにすぐそこにいるのに、風が吹けばすぐに海に迷い込んでしまいそうな人間の出したゴミ。笑ってしまうほど単純な私。でもそれで良い気がします。

拾わずにはいられません。
そこに、ゴミがある限り!

 

次の日、夕日が落ちてからの、夕闇との境の時間。ビニール袋に入れたゴミを持ちながら歩いていると、ふと神戸で過ごした日々の、買い物帰りの光景を思い出しました。こちらでは電車に乗って、買い物袋を下げて帰ることはなくなりました。今はゴミ袋を片手に下げて、今夜のご飯は何にしようと思いながら帰る帰り道。知っているようで知らない日々が、まだまだあるんだなぁ。人生は、流れるままに。