CCI20160330_0004「灯台の時間」ということばがある。1日に1時間、ひとりになって自分の心に向き合う時間のことをいうのだそう。たとえば家や仕事場以外の、第3の空間で自分と対話する時間。たとえば音楽を聴きながら無心で走るのも私にとっては灯台の時間かもしれない。

人と話すのが得意と思われがちな身だが、この人、人見知りだな、と見破られることも多い。
大抵は人見知りの人に、バレる。
灯台の時間に頭の中をリセットしたり、反省したり、思いを整理したりして自分に接続するのは効果的で、不器用な自分をどうにか社会につなげるために、なるべくそういう時間を取ろうとする私。灯台の時間という名を知ったおかげで今では堂々と、とれるようになった。
そこで気付くのはいつも、周りのひとに助けられ、なんとか生きているということ。人間はひとりでは生きて行けないとはよく聞くことだけど、ひとりで生きているような気になっているから疲れるのだ。

自分自身と接続できる場所。この店もだれかにとってそんな店であれたら。とそんなことを思う。店のコンセプトとかカテゴリーとかは思いつかないが、場所に対するこの漠然とした気持ちは当初からあまりかわっていない。

今はこの店を目指してお客様が来てださることにただただ喜びを感じている。ここまで足を運んでくれたんだなぁ。疲れた身体で。雨の中。アパートの奥まで歩いて入ってきてくれたんだなぁ。きっとそれは店が何年経っても変わらず、嬉しいことなんだろう。
そしていろいろなことを正当化して、また生きていけるようになる。

 

灯台の時間でそんなことを考えたりしている私は、親友と親愛なる叔父に言わせてみたら「あなたはただの暇人」ということでした。二人とも同じ意見のようです。