今回のフィンランドの滞在は、今の私にとって特別な時間となったような気がしています。

フィンランドには、数え切れないほどの思い出があります。買付をスタートしたのもフィンランドが始まりでしたし、年々変わる街並みに少し寂しくなったりもしますが、やはり、ここは私の心のふるさとだなぁと実感します。
たくさんの出会いがあり、そして別れもありました。
SEENAT CERAMICSのTerhiさん。亡くなってから、早くも4年が経ちました。

フィンランドの地に降り立つのは、今回、実に3年ぶりでした。3年の間空港でのトランジットはあったものの、彼女の亡き後にHelsinkiの街に滞在することが徐々に自分の中で苦しくなっていたのかもしれないなぁと思います。
3年前に念願のSEENAT CERAMICS 展をさせていただくことができたのは、Terhiさんの息子であるJussi ユッシの全面的な協力のおかげでした。
Jussiに会いたい。たとえ忙しくて会えなくてもいい、とにかく、手紙を出したい。けれどなぜか筆が進まない。そんな日々が過ぎ、渡航中にようやくメールを出すことができました。ヘルシンキのヴァンター空港に降り立った瞬間、居ても立ってもいられなくなったのです。

連絡ができなくてごめんね、などと思っている私の気持ちとは裏腹に、Helsinki中央駅で待っていてくれた彼の笑顔!!
もーーーっ!!その笑顔っ!!Terhiさんの生き写しやないかいっ!

久しぶりの再会を喜び、その後二人でヘルシンキの真ん中にある、僕が小さいときからあるんだよ〜という歴史のある素敵なカフェで、これまでのこと、今現在のこと。お互いの聞きたいことを一つ一つ話していきました。
彼はアートの教師としての仕事が以前より増え、本職である自身の版画作品づくりの時間をとにかく作りながら精力的に活動してしている様子。多忙ながらも3年前に比べて生き生きとしていた感じがして安心しました。Terhiさんも彼のこの活躍を、きっと喜んでいるだろうなぁ!と思いながら。。。
そして、どちらからともなくTerhiさんの話へ。
Jussiは忙しい合間を縫って時々Terhiさんの工房へと訪れているようです。しかし遺品整理というのはなんとも辛い作業でしょう。彼が幼い頃キノコ狩りをした森。彼女が生前隅々まで手をかけていた森は、周りの木をすっかり倒してしまったらしく、そこへ訪れるのはとても辛いのだと話してくれました。
私も。行きたいけど、きっとそれを見るのは辛いから行きたいと言えない。と。
Jussiとそんな話をしていると、これまでの私の中の心の動きが、まるで映画を見ているかのようにクリアになってきました。なぜフィンランドに来ることができなかったのか。それはまた同時に、店をたたみ、今の暮らし方を決心した心の動きでもありました。
Terhiさんのような人に出会ったときにまた失うかもしれないという辛さがあるのではないか?それで新たな人、作品に出会うのが怖くなったのではないか。彼と話をしている中でそんな自分に出会うことができ、涙が止まらなくなる自分がいました。Terhiさんの死によってもたらされた深い喪失感が、私の中で思っていた以上に大きかったのです。

Terhiさんの作る作品を初めて目にしたとき、「これだ」「これで店が始められる!」と今思うとなんとも不思議な直感が走ったのを思い出します。
自分でも面白いほどに。そう思ったのです。

その後、本人に直接会いに行ったときから、私たちの物語が始まりました。
駅まで迎えにきてくれたときの彼女の最高の笑顔とハグ!そしてその後も惜しみない愛を与え続けてくださった彼女。時に少女のようで、時に母のようで。アーティストとしては、いつも真剣に、私の話す拙い英語に耳を傾け、目を見て、思いを感じ取ってくださっていました。
実績も何もない私になぜこんなにまでしてよくしてもらえるのか。彼女の友人で陶芸作家である木村久美子さんの存在は欠かせません。Terhiさんにとっても日本は特別な国だったに違いないと思います。
しかしそれにしてもといいますか、彼女に出会えたのはビギナーズラックかもしれない。あとになってはっきりと言えるのは、それは本当に幸せに満ちた関係性だった ということです。
工房では、何時間もかけて吟味してたった数ピースの作品の買付から始めさせていただいた私。もっと大きな会社だったら彼女をもっと喜ばせることができるかもしれないのに、申し訳ない。。。そんな思いを抱いていた私を見透かすように、一つ一つを選び伝えてくれることがどんなに嬉しいかと話してくれたこともありました。経験豊富な彼女だからこそ、私をいい方向へと導いてくださり、もしかしたら今の私の吟味スタイル?が始まったのかもしれません。
持ち帰った作品は一つ一つ日本のお客様に丁寧にご説明させていただける機会ができ、そして少しずつではありましたが確実に、ファンとなってくださるお客様が増えていくのがわかりました。
日本で、小さいけれど、SEENAT CERAMICSの作品展をしませんか。抱いていたその提案を胸にフィンランドに向かったちょうどその日、彼女は静かに旅立ちました。
亡くなって一年半後に開催することができた 最初で最期のSEENAT CERAMICSの作品展には多くのお客様がご来店くださり、「こんな素晴らしい作品が」とたくさんの方からの絶賛をいただきました。
空の上のTerhiさんに届いているのか。なんて考えながら、空というよりなんだか店の中に、すぐ近くにいてくれるような気がして、紛れもなく、あの展示会は私にとって宝物のような時間となりました。

その後、自分自身の体調を壊してしまったのも、おそらくそれまで張り詰めていたものが解けてしまったからかもしれません。幸せなことに、たくさんのお客様のおかげで当時 順風満帆だった店。お客様にはとても申し訳ないという気持ちもありましたが、それをたたみ、自然の中に身を置くことがこれからの私にとっては必要なことだと感じて行動することができたことも、彼女の存在が大きかった。Terhiさんや、彼女の森から教えてもらったことが、今でも私の中に存在していると思うのです。

 

 

彼女の存在は、亡くなってからもなお私の中に大きなまま、生活のふとした瞬間に思い出されます。

アートに対する情熱、人に対する接しかた、生き方。愛。自然と生きる喜び。

これからも、きっと私の中で彼女はずっと大きいままなのかもしれません。時々、会いたいなぁ。Terhiさんだったらどんな風に言うのかなぁ、と思います。思い出しては涙が出ることもあります。しかし、日々の中で、私の心の中にいつも彼女がいてくれること、そばにいていつも何かを与え続けてくれていることを嬉しく思います。
それを再確認することができた旅でした。

Jussiも今まさに絶頂期とでも言えるような教壇と自身のアート制作の二足のわらじでとても忙しそう。TerhiさんがJussiに色々なアドバイスをしている姿を思い出しますが、そんな多忙な中 時間を作ってくれて、そして二人で思いを共有することができました。おかげで私は新しい一歩を踏み出すことができたような気がしています。

 

今回、コテージで思う存分フィンランドライフを満喫してきましたが、フィンランドの友人たちと過ごした日々も、私にとって何にも代えがたい思い出です。
彼らといると自分が自分らしくいられるのです。まるで子供の時のような気持ちで過ごせる。思い返せば本当に毎年どこかで会っている。日本や、フィンランド、そしてどこか違う国でも。距離を感じさせない友人。一緒にいたいと思える人たちが生きていてくれるというのは本当に幸せなことです。

 

Helsinkiの街に点在する Terhiさんゆかりの場所、そして友人たちと過ごしてきた時間。回を重ねることでそれはどんどん積み重なり、初めて降り立ったときになぜか感じた「帰ってきた感」は、今はもうまさに実感となり、帰ってきたー!と深呼吸できる場所となりました。第二の故郷。フィンランド愛が止まらない時を過ごしました。

 

ちなみに!このブログを書きながら久しぶりに彼女の名前で検索したら、Terhiさんのウィキペディアページが作られていました。彼女の誕生日を見てびつくり。私の母の誕生日と1日違いじゃあありませんか!
命日は3日違いなのですが、これも何か、ご縁があるような気分になります。日が近いだけですが!

 

Jussiが遺品整理でデータの中からみつけたTerhiさんの写真を見せてくれました。あの日の思い出が蘇る写真たち。みなさんとも彼女の晩年の工房での姿を共有したく、送っていただきました。
あの工房の彼女は私たちの中に生き続けています。