コテージでは、みんなでワイワイバーベキューをしたり、船に乗って魚を釣りに行ったり、コテージの中でみんなでゲームをしたり、外に出てチーム対抗オリンピック!などもやりましたよ!

エアギター選手権や、サウナ我慢大会、嫁背負い競争など、思わずぷぷっと笑いたくなる競技?が有名なフィンランドですが、それもきっと、このコテージ生活が生み出したものなのではないかと思いました。
マリウットたちが考えてくれていたオリンピック競技メニューは、ラバーブーツ(長靴)後ろ投げ競争、クリケット(ゲートボール)、ダーツ、マッチ吹き落とし競争、そして、腰紐につけたペンを瓶の口に入れるの誰が一番早いか選手権!など。
3チームに分かれてそれぞれの合計点数を競いましたが、なんと、結果は私たちチームジャパンが優勝しました!!!奇跡…。優勝チームは記念撮影の後、喜びのダンスを踊りました。

時々少しだけ声の聞こえてきていたお隣のコテージは、Siiriのおばさんのコテージ。ミッドサマーイヴにはフィンランドの国旗を掲げるのが習わしだとのことで、私たちもみんなで遊びに行きました。

SiiriのおばさんPirkko ピールッコと旦那さんのSampo サンポ は結婚生活43年。周りをいつも笑顔にしてしまう陽気なお二人です。
なかなかの大きなお腹をしたSampoに、日本語のさんぽ(散歩)の意味を伝えると、全員で大爆笑。なんで笑うの?何かおかしい!?と出会ってすぐに彼の笑いの渦に巻き込まれました。

このコテージではSampoのお姉さんのSirpa シルパと、今は亡きSampoの妹さんの旦那さんJaakko ヤーッコ、Nalaナーラという犬も一緒です。ミッドサマーは毎年このメンバーでお祝いするのだそうです。
お二人は毎年5月から9月ごろまでの毎週末、このコテージで過ごしてきたのだとか。今は回数は減りましたが、こうして家族で毎年のように集まって自然の中で時を過ごすのだそうです。子供達がまだ小さかった30年程前は冬場も時々コテージを訪れ、目の前の湖が凍るとそこでアイススケートをしたり、穴を掘り魚釣りをしたり。真冬の湖の氷は、50cmもの厚さになったのだそうです。まるで絵本の中の世界のお話を聞いているようでした。

フィンランドのコテージは、私が思っていたよりもずっと、大切な存在の場所のようです。

Siiriも幼い頃はこのコテージにやって来て、夏の間は都心には帰らずに、2~3ヶ月はずーっとここで暮らしたのだそう。

フィンランド人は、自然と暮らせる事がいかに幸せかを親から直々に教えられ、その親はさらに親から、というように遺伝子レベルで知っているのではないかという仮説を立てていた私。コテージに来ることができて、それは確信に変わりつつあります。

 

朝、マリウットとジョギングに出かけた帰り道。
なんと、私たちの目の前に
野生の鹿が姿を見せてくれました。20mくらい先だったでしょうか。一瞬あっけにとられ、鹿も私たちに気づくと、思い直したようにしなやかなジャンプで森の中へ。瞬く間に消えていなくなってしまいました。
その一瞬が夢のようで、まるで、サンタクロースを見てしまった子供のようにはしゃぐ私。。。!

今、見たよね!?今、鹿だったよね!?

それは、野生の鹿を見たことのない私でも、それが鹿だということがわかるほどに見事な身体のしなり、美しいまでの軽やかなジャンプでした。

興奮冷めやらぬままコテージに帰りみんなに話すと、みんなも驚きそれはとってもラッキーだと教えてくれました。野生の動物はいるけど、人間の前にはなかなか現れないようです。もっと朝早くなら可能性はあるにしても、、、とのこと。
それで、その次の日にはもう少し早く起きてみて、下心満載でジョギングへ出かけることにしました。けれどそう簡単には見ることはできないよね。みんなも、鹿が見れるなんてとってもレアなことだって言っていたし。。と、帰りかけたその瞬間。
なんと今度は子ぎつね
が姿を見せてくれたのです。

子ぎつねだって野生のものには会ったことなんてありません。ですが、あれは子ぎつね、とすぐにわかったのです。これまた美しい跳躍!!!
子ぎつねも、私に気づくと一度はっと止まり、(仲間?それとも敵!?)と頭の中で思い浮かべていたのでしょうか。我に返り、一瞬で来た道を全速力で帰って行きました。

その後、朝の散歩帰りのTさんと一緒になると、彼は木登りするリスを見たのだとか。。

 

この出来事を通して友人達と話して思ったことは、野生の動物はあくまでも野生。動物には餌付けなどせずに、彼らにとっては自然を十分に残す事が幸せだということがこの国の人たちはきっとわかっているのだなぁということ。いくら湖の周りにコテージが建っていても、それ以上の過度な開発は一切されていません。

実はちょうどコテージにいる間、黒島の知人からメールが届いていました。
黒島の隣の島、竹富島でいま行われようとしているリゾートホテル開発に対しての、島民の苦悩についての話です。
竹富島は観光の島というイメージがありますが、それはその島が抱えていた
たくさんの課題を解決し、乗り越えるための手段だったのだとか。島民と、星のやさんが何年もかけて、幾度も幾度も話し合い、良い形を模索してできた形なのだそうなのです。私も、近くの島にいながらも、島民と従業員さんの良い関係性をなんとなくですが感じるところがあります。
しかし今、島民を無視した開発がスタートしようとしているとのこと。限られた土地や水源、交通(フェリーなど)で暮らす島民にとっては死活問題だと容易に想像できます。島民が納得しない形でのリゾート開発なんて、本当はあってはならないはずなのに。。。
お金かけて自然を壊し、培われてきた地域の絆に傷をつけ、使い終われば撤退して知らん顔という未来が、手に取るように見えてしまいます。目先のお金だけしか見えない世界。美しい自然の中で不便を楽しむ心の余裕が日本には必要ではないか日本の友人からは、こんな言葉をもらいました。

その日の夜。すぐ隣にいたフィンランドの友人達ともこの議題について話しました。もう、多くを言わなくてもそれぞれわかっていることばかり。
他の国を例に挙げ、ある一定の土地が外国人に買い占められ問題になり、その国の政府が対応した例なども教えてもらいました。日本の対応は、、、?あまり期待できないかも、と思ってしまう自分。

その時に、ふと気付きました。
フィンランドには、リゾートホテルって、見当たらないかも。。。

私の知らないだけで、居心地のいいように作られているホテルはたくさんあるかもしれませんが、しかし少なくてもお金だけが動き人の心が伴わないリゾート開発はあまり聞こえてはきません。
ヘルシンキ市内には最近大掛かりな開発工事が広がってはいて、その辺りは少し彼らも気にしていましたが、湖のそばのコテージはあくまでも個人的な活用が続けられているように思います。
自然に対する個人個人の見解が、日本のようにそれぞれ全く違う、ということではないように思います。自然が自分たちにとっていかに大事なことか。森がどれだけの生命を宿しているかを知っているように感じました。

 

自然の中で木々も、動物も、暮らせるように。人間は簡単に壊すことができる力を持っている分、考えて動かなければならいのだと。奇しくも同時期に日本とフィンランドの自然について考えさせられる機会になりました。
私にとってはこのコテージで過ごした数日間は、何にも代えがたい思い出になりました。それはたくさんのお金を払ってできる経験ではありません。ここに自然があるからこその体験です。
自然の中で生きることがいかに人間にとって自然なことで今となれば貴重なことなのか。それは、黒島での生活でも日々感じることです。