日本食ナイトの日。この日はETMOスタッフのみなさん、そして今回ニットコートのオーダー製作をお願いしたマリッタを迎えて日本食パーティーをしました。メニューはちらし寿司と、Signeのリクエストのお味噌汁です。

マリッタが製作を始めるようになった経緯を聞くと、薬剤師として長年働いていたのですが数年前に癌がみつかり、快復はしたものの、本当にやりたい事をして生きたいと思いニット製作を始めたのだとか。始めてからまだたった5年というから、驚きました。コートもそうですが、マリッタが着ていたお手製のニットやスカートの その出来栄えの素晴らしさには才能を感じます。

マリッタは、なぜ、歴史にも名を残すほどの大きな国である日本人のあなたが、こんなにちいさな名もなき国に興味があるのか?と不思議そうに尋ねました。ラトビアのことを、そして日本のことをそんな風におもっているのかと驚きました。ラトビア人にとっては日本人はそれほど知られていないと思っていたし、歴史的な関わりもそうないように思っていたからです。(リトアニアに行くとまた状況は変わり、日本のシンドラーと言われる杉原千畝さんの影響からか、親日感情を感じることがよくあります。)

ソビエト支配下のとても貧しい時代にも受け継がれてきた伝統を静かに守り続け、自分たちの民族意識を大事にするラトビアの人々から学ぶことは、本当にたくさんあります。民族の歌が大好きなラトビアの人々。国同士での違いはあったとしても、手仕事を愛し、いいものを使いたいという気持ちはただただ一緒だな。。と感じるのです。

人が人を結びつけ、マリッタはSingeと出会い、二人のコラボレーションでETMOのオリジナルのコートが生まれました。さらにそれを日本人の体のサイズや肌の色に合わせて作ってくださり今回のオーダーコートができあがりました。このコートをみなさまにご紹介できることが本当に幸せでなりません。
手仕事の国で出会った、ものづくりの才能をもつ人たちとまだまだ溢れだすSigneのアイディア。これからまたどんな美しい道具を作りだしてくれるのか。目が離せないなぁと思っています。

 

実はこの次の日。ほんの数時間ですが街を歩く時間があったので近くにある戦争博物館にでかけました。最近ではライフワーク化している各地の戦争関連の博物館巡り。リトアニアでは4、5年前にKGB
博物館というところに行って相当のショックをうけていたのですが、ラトビアのそこはとても小さくて、どちらかというと国民への展示という感じ。民族博物館の趣も備えたような場所でした。
しかし最上階の第二次世界大戦の展示室はやはり恐ろしく、生々しい写真や展示物によりこの地で繰り広げられた戦争の悲劇、街の破壊風景を目の当たりにしました。

閉館間際。残念ながらゆっくりみれないなぁと早送りのように急いでいると、最後の最後の展示に驚きました。
なんと、日本の国旗が飾られていたのです。「あななたちの命が長らえることを祈る」というような意味の日本語と、44名ほどの日本人の直筆の名前が日の丸の周りにありました。
英語訳の紙を手に取り急いでそれをみてみると、それは、日本人からラトビア人の医師に託された祈りの手紙で、ライ麦のパンの中に隠されて運ばれてきたもののようでした。
とても驚きました。まだまだ勉強不足でその当時のラトビアと日本の状況を知らないでいましたが、わたしの心の中に二つの国を結びつける、小さな光が差したような瞬間でした。

 

今こうしてラトビアで過ごさせてもらっていることがどれだけ幸せなことかを噛み締めながら。日本食をおいしいと喜んでくださるのを見ながら、日本のお客様を通して、またこんな日本食を通してでも、日本のことを少しでも知ってもらえたらいいなと思う、嬉しい夜でした。